東京五輪の反省は活かされたのか?万博で見えた変化

大阪・関西万博2025を語るとき、どうしても避けて通れないのが
東京オリンピック・パラリンピックの記憶だ。

巨額の予算、不透明な意思決定、そして市民との距離感。
東京五輪は「失敗だったのではないか」という評価とともに、
日本の大型イベントの在り方に大きな課題を残した。

では、その反省は大阪・関西万博で活かされたのだろうか。
本記事では、会場設計、情報公開、来場者体験といった具体的な観点から、
万博に見られた変化と、変わらなかった点を冷静に検証していく。

東京オリンピック公式より

東京五輪で何が問題視されたのか

東京五輪の評価が厳しくなった理由は、競技そのものではない。
問題視されたのは、その“外側”にあった。

第一に挙げられるのが、意思決定の不透明さだ。
開催方針、観客の扱い、予算の増大など、重要な決定が後出しで示され、説明も十分とは言えなかった。

第二に、市民との断絶がある。
「開催すること」自体が目的化し、現場で暮らす人々の感情が置き去りにされた印象が強く残った。

第三に、レガシーの曖昧さだ。
何が残り、何が次につながるのかが、最後まで明確にならなかった。

これらは単なる感情論ではなく、「大型イベントをどう社会に組み込むか」という構造的な問題だった。

大坂関西万博

大阪・関西万博で「変わった」と感じた点

大阪・関西万博では、少なくともいくつかの点で「五輪とは違う」と感じられる変化があった。

まず、会場体験が主語になっていたことだ。
競技という明確なゴールがない万博では、「来場者がどう過ごすか」が中心に置かれた。その結果、歩きやすさ、滞在のしやすさ、休憩できる場所の多さといった、人間の身体感覚に寄り添う設計が目立った。

次に、過度な緊張感がなかったことも大きい。
東京五輪では、常に「失敗してはいけない」という空気が支配していた。一方、万博では良くも悪くも“肩の力が抜けた”雰囲気があり、完璧さよりも体験の積み重ねが重視されていた。

さらに、多様な評価が許容されていた点も見逃せない。
「楽しかった」「つまらなかった」「期待外れだった」——こうした声が同時に存在し、それ自体が否定されなかった。五輪のように「成功か失敗か」の二択に押し込められていなかったことは、大きな違いだった。

関西万博はどうだった?

正直、あまり変わらなかった部分もあった

一方で、「これは東京五輪と同じ構造だ」と感じる部分も確かに存在した。

象徴的なのは、分かりにくい説明と情報の後追いだ。
パビリオンの意図、展示の背景、運営上の判断などが、来場者に十分伝わっていたとは言いがたい。結果として、「なんとなくそうなっている」という印象が残った部分も多い。

また、費用対効果をめぐる議論も、結局は曖昧なままだった。
万博は五輪ほど直接的な競技施設を残さない分、「何が成果だったのか」が見えにくい。そのため、東京五輪と同じように「結局、何が残ったのか」という問いが後から浮かび上がってきている。

さらに言えば、国主導イベント特有の距離感も完全には解消されていない。
市民参加や共創が語られながらも、最終的な決定はやはり上から降りてくる。この構造は、五輪から大きく変わったとは言えない。

五輪と万博は比べられる?

五輪と万博の“そもそもの違い”を整理する

ここで重要なのは、五輪と万博は「同じ大型イベント」ではないという点だ。

五輪は、競技という明確な評価軸を持つ。勝敗があり、記録が残り、成功・失敗が分かりやすい。
一方、万博は評価軸が曖昧だ。展示、空間、体験、記憶——どれも数値化しにくい。

だからこそ、東京五輪の反省をそのまま万博に当てはめると、ズレが生じる。
万博で問われるのは「完璧な運営」ではなく、「多様な体験を許容できたか」だった。

その意味で大阪・関西万博は、五輪よりも失敗を内包できるイベントだったと言える。
この“余白”こそが、東京五輪にはなかった要素だった。

反省は生かされたのか?

万博は本当に「反省を活かした」と言えるのか

結論を急ぐなら、答えはこうなる。

部分的には活かされたが、構造までは変わっていない。

来場者体験や空間設計のレベルでは、明確な進歩があった。
しかし、意思決定の透明性や説明責任といった根本部分では、五輪の課題が形を変えて残っている。

それでも重要なのは、万博が「五輪の焼き直し」にならなかった点だ。
完全な成功でも完全な失敗でもない。
その曖昧さ自体が、五輪後の日本にとっては一歩前進だったとも言える。

横浜園芸博覧会

次の横浜園芸博では何を引き継ぐべきか

大阪・関西万博の経験は、次の横浜園芸博に確実につながっていく。

引き継ぐべきなのは、派手な演出や技術ではない。
人が無理なく滞在できる設計多様な評価を許す姿勢、そして完璧を目指さない勇気だ。

東京五輪の反省をすべて克服できたとは言えない。
だが、万博はその反省を「別の形で試した場」だった。

横浜園芸博が、さらに一歩踏み出せるかどうか。
その答えは、万博をどう総括するかにかかっている。


まとめ

万博は「五輪の反省」を完成させる途中段階だった

大阪・関西万博2025は、東京五輪の反省を完全に乗り越えたイベントではない。
しかし、何も学ばなかったわけでもない。

五輪で露呈した課題に対し、万博は「別のやり方」を提示した。
それは未完成で、不完全で、だからこそ次につながる。

この連続性をどう活かすか。
それこそが、次の博覧会、そしてその先の日本に問われている。

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