大阪・関西万博2025は、開催中から「成功か失敗か」という二択で語られ続けたイベントだった。
来場者数、経済効果、話題性──どの指標を取るかによって評価は大きく変わり、結局のところ明確な結論は出ないまま会期を終えた。
しかし、万博が本当に問われるのは「終わった瞬間」ではない。
次に何を残し、何に引き継がれていくのか。
この視点に立ったとき、大阪・関西万博は単なる一過性のイベントではなく、日本の博覧会史の中で重要な通過点だったことが見えてくる。
本記事では、感情論や成功・失敗論から一歩距離を置き、
大阪・関西万博が日本に残した具体的な学びを整理し、
次に控える横浜園芸博へどうつながっていくのかを考えていく。
万博は「成功か失敗か」では測れないイベントだった
大阪・関西万博を振り返ると、最も違和感があったのは
「成功か失敗か」という言葉自体だった。
万博は競技大会ではない。
明確な勝敗も、順位も、記録も存在しない。
それでも多くの議論が、五輪と同じ物差しで評価しようとしていた。
実際、万博の評価は非常に多層的だった。
- 建築や空間設計に感心した人
- 展示内容に物足りなさを感じた人
- 雰囲気や滞在体験を楽しんだ人
- 期待値とのギャップに戸惑った人
これらすべてが同時に存在していたこと自体が、
大阪・関西万博の特徴だったと言える。
この多様な評価を「失敗」と切り捨てなかったこと。
それ自体が、過去の大型イベントとは異なる一歩だった。
(総括記事)
大阪・関西万博2025は成功か失敗か?──「もう失敗」と言われる理由と、それでも断言できない現実
万博が残した「空間設計」の学び
大阪・関西万博で最も明確に残ったものの一つが、
空間設計に関する実践的な学びだ。
象徴的だったのが大屋根リングを中心とした会場構成だった。
この巨大な構造物は、単なる建築的挑戦ではなく、
- 日陰を生む
- 雨をしのぐ
- 立ち止まれる
- 迷いにくい
といった、人が長く滞在するための条件を、結果的に満たしていた。
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さらに、会場全体の「歩行体験」も重要なポイントだった。
広大な敷地にもかかわらず、歩きやすい場所と歩きにくい場所の差がはっきりしていたことで、
動線設計の良し悪しが来場者体験に直結することが浮き彫りになった。
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横浜園芸博は、屋外空間が主役になるイベントだ。
だからこそ、この「滞在前提の空間設計」は、そのまま応用できる重要な資産となる。
展示と体験から見えた「これからの博覧会像」
展示面で万博が残した学びは、
「派手さ」と「記憶に残る体験」が必ずしも一致しない、という事実だった。
大規模映像や没入型演出は、その場で強い印象を残す。
一方で、会期終了後にふと思い出される展示は、
意外にも静かで、説明しすぎないものが多かった。
北欧館や中小国パビリオンに見られた、
- 情報を詰め込みすぎない
- 立ち止まっても通り過ぎても成立する
- 正解を押し付けない
といった展示姿勢は、
「あとから効いてくる体験」を生み出していた。
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横浜園芸博では、植物や景観そのものが主役になる。
だからこそ、説明過多な展示よりも、
「感じさせる展示」の価値が、万博以上に高まるはずだ。
東京五輪との違いから見えた「変化」と「限界」
大阪・関西万博を語る上で、東京五輪との比較は避けられない。
東京五輪では、
- 不透明な意思決定
- 市民との距離
- レガシーの曖昧さ
が強く批判された。
万博では、少なくとも来場者体験の面で、
「完璧さよりも余白を残す」という変化が見られた。
しかし、運営の構造や説明責任という点では、
五輪の課題が形を変えて残っていた部分もある。
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この「変わった点」と「変わらなかった点」の両方を認識することが、
次の博覧会にとって最も重要な前提になる。
横浜園芸博が引き継ぐべきもの、捨てるべきもの
大阪・関西万博の経験から、横浜園芸博が引き継ぐべきものは明確だ。
引き継ぐべきもの
- 滞在を前提とした空間設計
- 歩行体験を重視した導線
- 多様な評価を許容する姿勢
- 派手さに依存しない展示思想
一方で、捨てるべきものもある。
見直すべきもの
- 分かりにくい説明
- テーマの過剰な言語化
- 「理解させる」ことを目的にした展示
園芸博は、理解するイベントではなく、
感じ続けるイベントであるべきだ。
万博は「終わったイベント」ではなく「通過点」だった
大阪・関西万博は、完成された答えを示したイベントではない。
むしろ、多くの問いを残したまま終わった。
しかし、その問いこそが価値だった。
- どうすれば人は長く滞在したくなるのか
- 何が記憶に残る体験になるのか
- 大型イベントは社会とどう関わるべきか
これらはすべて、横浜園芸博、そしてその先の博覧会に引き継がれていく。
まとめ
大阪・関西万博が残したのは「答え」ではなく「土台」だった
大阪・関西万博2025は、
成功でも失敗でもない。
それは、
次に進むための土台をつくったイベントだった。
建築、空間、展示、運営。
すべてが完璧ではなかったからこそ、
次に何を改善すべきかが、これほど明確になった。
横浜園芸博は、この土台の上に立つ。
大阪・関西万博が残した学びを、
本当の意味で「次」につなげられるかどうか。
その答えは、これからの博覧会が示していく。